Last Promise


「絶対に帰ってくるから」
そう言って・・・3年前のあの日、純(じゅん)は泣いた。
僕の胸に顔を埋めて。
大きな欅の木の下で。
「3年後、同じ日、同じ時間にまた会おう」
それが僕が覚えている純の最後の言葉だった。
僕は人として純を愛していた。
でも・・・純は僕のことを親友としてとらえていた。もちろん当然のこととして。
そして一番の親友として信頼されていた僕は、偽善の仮面の中で狼の欲望を押し殺してきた。
それなのに・・・僕は『再会』という言葉を信じられなかった。
これが『最後』になる恐怖におびえる子供だった。
青い空が風に吹かれ高く飛び立つ雲を目で追う。
いつも強がって、自分よりひとまわりもふたまわりも小さい純に虚勢を張って。
いつもクールで頼り甲斐のある蒼斗(あおと)。それが僕だった。いや、僕の着ぐるみ。
弱々しい泣き声をあげる赤ん坊みたいな僕を覆い隠す仮面。
抑えきれない欲望と情熱と愛情を必死で抑えつけ、笑顔を絶やさない。
それが作られた蒼斗。
そんな僕が崩壊するのには時間はかからなかった。
あの日・・・泣きながら僕にすがりついてきた純を・・・僕は犯したんだ。
自分の欲望をそのままに。
愛の言葉を呟くこともなく。
ただ自分の想い人が目の前から消え去ってしまう悲しみから逃れるために。
嫌がる言葉も聞かずに・・・。

その後・・・
謝ることはおろか顔を合わせることもないまま・・・
純はこの街から去って行った。
真っ黒なランドセルを背負い、並んで歩いた通学路そのままにあの頃の純が僕の中にいた。
憧れていた中学のカバンを一緒に提げることもなく。
3年間という時が経っても僕の思い出の中の純は小学生のままに・・・。
ちっとも成長していない僕の身体でも覆い隠せそうな幻惑はより一層大きくなるばかりで・・・。
自ら遠ざけてしまった愛する人の最後の約束。
あしたに迫ったその日。
パソコンのカレンダーを調べ、連休を探し出した僕ら。
2002年9月22日。
「僕はずっと待ってるから」
僕の最後の言葉だった。


木々に覆い隠された小さな神社のそば。
大きな欅の木。約束の場所。
当時158cmだった僕がつけた傷。
その傷跡とまったく同じ高さに頭がくる。
何度溜息をついてもなお僕はあの日のまま。
あの日と同じ。
その『最後の約束』の呪縛から逃れるために・・・
すべての約束を捨ててここに来た。
たわいもない・・・それでも今の僕や親友にとって大切な約束でも・・・
僕はこの3年間にすべてをかけたんだ。
携帯のディスプレイが9:00を指す。
約束の時まであと15分。
それはいままでの3年間にくらべたとしても・・・
永劫に続くように感じられた。
大樹に身をもたれかけて澄んだ空を見上げる。
雲が流れ鳥が舞い木の葉が吹く。
そんな僕の顔の前に現れたのは・・・純だった。
「待った?」
そう尋ねる声も、声が発せられる位置も仕草も違う。
それでもその面影の残る端正な顔立ちを見て、僕は驚きを隠せなかった。
「純?本当に純?」
「ああ、そうだよ。待たせたな、蒼斗」


僕の記憶の中の純ではなかった。それでも僕はそんな純をまだ愛しているのに変わりはなかった。
僕を見下ろすほどの長身。しっかりと引き締まった身体がシャツの上からでもわかる。
そして端正な顔立ちと優しい瞳。それは3年前の僕でもあった。
「大きく・・・なったんだ」
「前はオレのほうが見下ろされてたのにな」
「今、何センチ?」
「175はあるんじゃないかな」
「へぇ〜」
「蒼斗は・・・変わらないな」
「そう?」
「ああ。あの時のまま。何も変わらない」
ふいに3年前の自分のしたことが思い出され、背筋が凍った。
「あのさ、3年前のことなんだけどさ、僕・・・」
おそるおそる口にした言葉は遮られた。
「頼むから何も言わないで」
口調も、仕草も、何もかも3年前の僕だった。作られた蒼斗。
それを純は完璧に演じきっているんだ。
そして僕はといえば、ひどく怯えたまま見上げる、3年前の純がそこにいた。
「蒼斗。3年前に蒼斗に抱かれた時、すごく怖かった。
そして悲しかった。なんで蒼斗はこんなことするんだろう?
オレのことが嫌いになったんじゃないか、
もう会いたくないからこういうことをするんじゃないかって不安だった。
でも、その時からオレは蒼斗に恋してたんだ。もう1度蒼斗に逢いたい。
そして蒼斗みたいになりたいと思った。
カッコ良くて背が高くて大きい存在でオレを守ってくれる。
そんな蒼斗になりたくってこの3年間いろんなことをしてきた」
「でも、僕は・・・うぅん、それは本当の僕じゃない。
純のことが好きだったから・・・
純を愛していたから、カッコつけて『蒼斗』を演じてたんだ」
「それでも構わない。
オレは、強いところも弱いところも全部ひっくるめて蒼斗を愛している。
オレは蒼斗を愛するために3年間待ったんだ。蒼斗の気持ちに応えるために」
迷った末に開いた口は、その本来の目的を達する前に塞がれた。
温かく柔らかい純の唇に・・・。
「んっ」
奥深くまで僕を知ろうとするように侵入してくる舌に自分の舌を絡ませながら、
いつしか僕は純の胸の中に収まっていた。
身体中の力が抜けて純に追いすがると、優しく僕の身体を抱きとめた。
「もう離さないから・・・。もう離れないから・・・」
僕を抱きしめていた身体が一瞬離れた後、
後ろから抱きすくめられる形で再び純の胸の中に僕の身体は収まって、
再びキスの雨を浴びた。
どれだけの時が経ったのだろう?
僕を抱いていた手が離れたかと思うと、
シャツの上から胸の辺りをまさぐられて身体が震えた。
「やっ、じゅ、じゅん」
「怯えないで。優しくするから」
次第に捲り上げられたシャツを脱がされ、
抱え込まれるような格好のまま胸を愛撫され、
唇を塞がれ、甘い囁きを聞き、僕の中心は熱を帯び始めていた。
「お願い、純、もう、やっ」
解放された口からやっとのことで絞り出された言葉も純には届かなかった。
嫌だったのでも拒否したのでもない。でも、もう少し時間が欲しかった。
きちんと純に詫びた上で、僕の15年分の気持ちを伝えたかった。
「やんっ、あんっ、だ、だめっ、あっ」
いきなり欲望の中心を握られ、思わずあげた甘い声が自分のものだと信じられない。
まるでそれは、怯えながらも喘ぎつづけた純の声そのままで。
「もっと声聞かせて」
器用に下着ごとズボンが取り払われ、靴も脱がされ、
スニーカーソックスを残し一糸纏わぬ姿になった僕を見つめる純。
綺麗な瞳だ。そう思った。
「んっ、やぁっ、やだっ、やんっ、やっ」
直接にソコを弄られて、意思とは関係なく漏れる甘い嬌声。
「やんっ・・じゅ・・ん・・あい・・してる・・・」
「オレもだよ、蒼斗」
僕の口を塞ぎながら愛の言葉を囁いていた純の口が下に這う。
舌で胸の突起をなぞり、そのまま降りてくる。
そのまま僕自身を深く咥えこまれ、身体中に快感が駆け巡る。
「あぁっ、はぁっ、やぁっ、じゅん、じゅん」
想い人の名を口にしながら、僕は純の口の中に果てた。
名残惜しむようにそこから口を離した純が向かった先は、3年前僕が貫いた場所。
「じゅ・・ん・・」
「大丈夫。痛くしないから」
解すように這い回っていた舌がそっと中に入ってくる。
しっかりと愛撫され、
いくらか締め付けがゆるんだそこに指を突き立て、グリグリと掻きまわされる。
痛みは感じなかった。むしろそれに大きく勝る快感が強すぎた。
「やっ、やぁっ、あんっ、はんっ、あっ、やんっ」
「力抜いて」
いったん指が抜かれると、指よりも太く大きいものが入ってきた。
純自身に貫かれた僕の秘部はいやらしい音をたてながら痙攣を繰り返していた。
「蒼斗、いいよ。最高だよ。あおと・・あいしてる・・・あいしてるから・・・」
最後はうわ言のようになった声を聞きながら、僕は2度目の精を放った。
そして身体が純で満たされ、
お腹の中が純の出したもので満たされるままに僕は意識を手放した。


「蒼斗、蒼斗」
純の声で目を覚ました僕はまだ頭の中が真っ白だった。
「蒼斗、オレ、そろそろ帰らなきゃいけないんだ」
その言葉で我に返る僕。
「そんな・・・。僕、嫌だ。もう離れたくない。もう、もう・・・」
まるで子供のように泣きじゃくる僕は純の胸に顔を埋めていた。
ちょうど3年前の純のように。
「オレ、丘の上高校受けるから、蒼斗も一緒に行こう」
「う・・ん。わかった。僕、一生懸命勉強して丘高いく」
「また半年後、ここで逢おう。合格の知らせを持って」
「うん」
交わされる約束。
泣きながらすがりつく僕に、純はもう一度キスをした。
それから通学路をとおり、一緒に遊んだ公園を抜け、駅についた。
「またな」
また会う日。
半年後の欅の下。
今日の日が思い出となって心の奥にしまい込まれないように。
純と同じ高校に行けるように。
すべてをかけてみようと思う。
この愛のために
あの逢瀬のために
その心のために
繰り返された約束のために・・・。
そう。最後の約束のために。


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