+会えてよかった+
一話


「それじゃ…失礼しますね」
尚希はその場で小さく頭を下げて、別の場所へと動こうとする。
「あっ…ちょっと待った!」
「えっ…なんですか?」
太陽はその場から勢い良く立ち上がると、今までにない大きな声で尚希のことを呼び止める。
その声の大きさに驚いて、周りにいる人は勿論、ロビーで待っている人達も太陽の方に目を向ける。
「あ…えと…俺明日から母さんの見舞いとかで来るんだけどさ、その…お前の病室とか行っても構わないかな?」
太陽は何故そんなことを言っているのか、自分でも解らなかった。
もう少し、目の前にいる尚希と話がしたい…ただそれだけだった。
「えっ…僕の…所?」
「…他にどこがあるってんだよ…」
太陽の返事に、尚希は少しだけ考えてから返事をする。
「…別に、良いけど…」
「そかっ、んじゃー明日にでも邪魔するわ」
太陽は尚希の返事に、嬉しそうな表情をしながら言葉を返す。
しかし尚希は、どこか困惑したような表情を浮かべていた。
「どうしたんだ? その…やっぱ…邪魔?」
「あ…うぅん…そんなことないよ。その…太陽さんのお母さんも、早く良くなるといいね」
心配になって聞く太陽に、尚希は顔を上げ、先程と変わらぬ声で返事をする。
「あぁ、有難うな。 それじゃまたな」
尚希はゆっくりと病棟とは反対の方向に歩き出し、太陽は病棟へと向かって走り出していた。
途中で看護婦に何度も注意されながら、太陽の心はどこか踊っていた。


…俺はこの時、まだ何も知らなかった…俺だけが、何も知らなかった…
尚希がどうなるか…何も…知らなかったんだ…


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