+会えてよかった+
二話


翌日…昨日と同じような時間に、太陽は尚希の病室にいた。
「…でさ、そいつがまた変なことするもんだから、先生に怒られてやがんの」
「あはは、そうなんだ」
少し前に知り合った関係とは思えないほど、2人の笑い声が部屋に響く。
太陽が尚希の病室に来た時は、2人とも何を話して良いのか解らず沈黙が続いた。
しかし太陽が少し口を開くと、その口から出る言葉はとめどなく流れ続ける。
「ったく笑っちまうよな」
今日学校であった出来事を、面白おかしく太陽は話す。
すると尚希はその話に耳を傾け、時々相槌と笑い声で反応を示してくれた。
学校に行っていない尚希に学校の話題をすることはどうかと思ったが、他に話すことがあるわけでもなく、太陽はただただ思いつくままを口にしていく。
「あははっ。そうだね」
嫌な顔をひとつせず、笑いながら自分の話を聞く尚希に太陽は安堵していた。
「っと…いけねーや。俺そろそろバイト行かないと…」
時計は既に6時半を表示している。
「あ…うん。ありがとう、太陽さん」
「ん? なんだよ、『ありがとう』ってさ」
尚希のかけてくれたその一言に、太陽は不思議そうな表情をする。
自分はいつも友人に接する時のように、くだらない話をしていただけで、感謝されるようなことは何もしていない。
「ぁ…えと…その、僕…楽し、かったから…」
すると尚希は少しだけ恥ずかしがりながら、顔を横に向けて言う。
太陽はその言葉に、これまでの尚希の生活を僅かに思い浮かべることが出来た。
尚希自信に病気の話を詳しく聞いたことはないが、それでも昔から病気をしていたということだけは解る。
『…尚希の奴…あんまり友達とかもいなさそうだしな…』
昨日この場所に来て見回した時も思ったが、置かれているものは本当に必要最低限度の物しかない。病院に入院しているのなら友人からの差し入れがあっても良いと思うのだが、それすらも見当たらなかった。
『…まぁ…長いこと入院してるみたいだし、仕方ないよな…』
太陽がその場で考え込んでいると、尚希が困惑した表情で口を開く。
「太陽さん? どうしたの、黙っちゃって…僕、何か変なこと言ったかな?」
自分の言った言葉に非があったのではないかと、尚希は沈んだ表情をしていた。
「ぇあ? あぁ、別に…ただ尚希って変わってるなーって思ってさ」
すると太陽は尚希に顔を近づけ、冗談交じりに笑いながらそう一言口にする。
慰めることも考えたが、それは逆に尚希をへこませてしまうかと思った。
だから太陽は、わざと冗談交じりで思ったままを口にする。
「ぅっ…それは、言わないでよ…」
その言葉に尚希は少しだけ沈んだような表情をしていたが、顔つきと言葉は僅かに笑っているようだった。
「あははっ、わりわりー。でもそんなこと言う必要なんてないって。そんじゃな」
尚希の言葉と表情に安心して、太陽は自分の荷物を持って病室を後にする。
「あっ…バイト、頑張ってね」
「おう!」
自分にかけられた『ありがとう』の一言。そして『頑張ってね』と言う言葉…
今まで色んな人にかけられているのに、尚希からかけられる言葉はなぜか嬉しく思ってしまう。
「…なんか…変な感じだな…」
太陽は病院の中を早足で歩き、外に出ると駐輪場に置いてあった自転車でバイト先へと向かう。
そんな太陽の表情は、とても嬉しそうな顔つきをしていた。


新しい…当たり前の日常だと思ってた。
母親の見舞いのついでに、尚希の見舞いもする…
たとえ母親が退院したとしても、変わらないことだと思ってた。
楽しかった…理由なんて解らない。
ただ尚希と過ごす時間は楽しくて、同じことの繰り返しでも苦痛ではなかった。
自分のバイトの時間までの僅かな時間…
ありきたりの日常会話を交わすだけなのに、それだけでも楽しかった。
だからそれが、ずっと続くと思ってた…


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