+会えてよかった+
三話


会話は何もない。それでも苦痛には感じなかった。
むしろこうしていることが嬉しいと、太陽は感じていた。
『…尚希が、恋人だったら…か』
ふとさっきまで自分が考えていたことが、頭をよぎる。
太陽がそっと尚希の顔に目を向けると、とても安らいだ表情をした尚希がそこにいた。
とても愛おしくて、ずっとこのままでいたいと思う。
『…それも…悪くないかも知れないよな…』
さっきまではずっと否定し続けていたはずなのに、今はそうありたいと思ってしまう。
けれど自分は男で、そして尚希が男であることも十分理解している。
『けど…仕方ないよな…』
太陽が心の中で残念がっていると、尚希が小さく口を開く。
「太陽さん…バイトとか…大丈夫?」
いつも決まった時間に病室を後にする太陽に、尚希は心配そうに聞く。
その言葉に太陽は病室に置かれている時計に目を向けると、既にバイト先にいなければならない時間を表示していた。
「…もう遅くなっちまったしさ、今日はお休みってことで」
「えっ…けどっ…」
「…良いって。気にしなくてもさ…」
目を開けて慌てるように言う尚希に、太陽は落ち着いた表情で言う。
横にいて欲しいと言ってきた尚希のことも心配だったが、太陽自身ももう少しこうしていたい…そう強く思っていた。
「ごめんなさい…太陽さん」
そう言いながらも、尚希は嬉しそうな表情で再び太陽の肩に自分の身体を傾ける。
「…気にすんなって」
心地よい空間…お互いにそれを感じていた。

この時、自分が尚希のことを好きだって解った。
母親を好きなこととは違う…人として尚希が好きだと…
それを隠さないといけないことも解ってたけど、それでも嬉しかった。
尚希と2人だけの時間を共有できること…
何物にも変えられない、喜びだった。


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