+会えてよかった+
七話


「……」
太陽はその飛行機を、ずっと見つめ続けていた。
すると突然、強い風が自分の後ろから吹いてくる。
「ぅっわ…」
そして同時に、聞き覚えのあるような声が聞こえた気がした。
一言だけ…何度も聞いた言葉が聞こえた。
空耳じゃない。はっきりじゃなくても、聞き間違えることのない声…
『…ありがとう…』
太陽は声の聞こえた方に顔を向けるが、そこには何もなく、ただ空の景色が広がっているだけだった。
「なお…き?」
それでも確かに聞こえた。きっと近くに尚希がいる…太陽はそう思った。
「…別に、気にしなくても良いって」
太陽はそう小さく笑いながら、聞こえた声に返事を返す。
目の前の飛行機は風で遠くへと飛んでしまい、今度は自分で取りにいけない場所へと落ちていった。
「あそこじゃ…もう取りにいけないな…」
自分の横には、人のいる気配がした。姿は見えなくても、誰かがいるような気がした。
「なぁ…尚希…」
太陽は目の前の空を見ながら、ゆっくりと口を開いていく。
「俺さ…本当は、お前のところ…行きたいんだ」
会いたいから…愛する尚希に会いたい…その思いは変わらない。
どんな形でも良いから、尚希に会いたかった。
太陽がそう言うと、身に感じる視線は悲しいものへと変わる。
「…大丈夫だって…そんなことしないから…でも、好きでさ…好きで…お前がそっちの方で、一人ぼっちになってねぇかな…とかさ。考えるんだ…ずっと」
感じる視線に、太陽はそう返事を返す。
自分の手の届かない場所に尚希が行っていると思うと、そのことばかりが気がかりで仕方がない。
尚希はずっと、独りぼっちで過ごしてきた。だから別の場所に行って、寂しがっていないかと…そう思わない日はなかった。
だから今すぐ尚希のところへ行きたい…
「でも俺…まだ生きなきゃいけない…母さんのことも心配だし、もっともっと…親孝行とかもしてやりたいからさ…」
けれどその道を選ぶことは、母親を悲しませるだけになってしまう。
太陽には、母親を悲しませることだけは絶対に出来なかった。
「だから俺、今すぐそっちには行けない…ごめんな。けど俺、ずっとずっと…好きだからさ…尚希のこと、ずっと」
どんなに愛しくても、もう顔を見ることも身体に触れることも出来ない。
尚希のことは、自分の頭の中の記憶と思い出だけしか残っていない。
それでも…それでも……
『…ありがとう』
再びそう一言だけ、声が聞こえたような気がした。
「…そんなの、気にすんなって…」
言い慣れた返事を、太陽は笑いながら返す。
「なぁ…尚希…」
少しの沈黙の後に、太陽は何かを聞こうと声をかけようとする。
「あ、いや…なんでもない…」
しかしその言葉を途中で止めて、再び空へと目を向ける。
「わり…もうそろそろ母さん来るだろうしさ…そろそろ帰るよ」
そう言って地面に置いた荷物を持とうとすると、自分の身体に人のぬくもりを感じた。
「…!」
明らかに自分の後ろから、誰かに抱きしめられているような感覚。
「……尚希」
太陽は自分の首もとに感じる人の手の感覚に、自分の手を合わせる。
空を切っているはずなのに、そこには確かに感じる温かさがあった。
『大好き、です…』
「俺もだよ…」
そう太陽が言うと身体から温かさが遠のいていき、優しい風が頬をかすめていく。
「んじゃー…またな…」
『さよなら』とは言わない。いつになるかは解らないけれど、それでもまた会えると信じてるから…
そう言って太陽は荷物を持って、昇ってきた道を下って行った。


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