+Love You+
六話/アイシテル
「将幸君…ごめんね…少し遅れちゃった…」
いつもより遅れた時刻に、友紀哉は姿を現した。
将幸の姿はいつもと変化はなく、遠くを見つめ、力なく座り込んでいる。
「……」
「ごめんね…将幸君」
謝罪の言葉を投げかけながら、友紀哉はゆっくりと将幸の頬に自分の右手を持っていく。
「…なぁ…聞いても、良いか…」
いつもなら無言で友紀哉を受け入れる将幸が、珍しく言葉を発してきた。
数日間も言葉を口にしなかった人物が声を出したのならば、普通驚いても良いはずなのに、友紀哉は動じることなく返事を返してくる。
「…なに? 将幸君…」
「…お前は…どうして俺のこと…抱いたりするんだ?」
突然に聞いた理由なんてない。ただ何故友紀哉が自分のことを抱くのか、不思議に思ったからだった。
しかし将幸自身は、その理由を本当は知っているはず…
「俺のこと、なんで抱いたりするんだ?」
そういう将幸の口調と表情からは、とてもその答えを知っているとは思えない。
将幸がその言葉を口にする意味…
それは将幸の中にある自分の意思が、薄れていることを証明するものでもあった。
「今更…何言ってるの? 将幸君…そんなの、決まってるじゃないか」
「決まってる…そうなのか?」
友紀哉はその言葉にクスリと小さく笑い顔を見せ、ゆっくりと将幸の唇にキスをする。
「…うん…それはね…」
すぐに唇が離れ、将幸の前で友紀哉は笑顔を見せながら、その理由を伝えてきた。
「…僕が将幸君のこと…愛してるから…だよ」
「…愛してる…から…」
その言葉を聞いた瞬間、ほんの一瞬だけ胸の奥が痛んだような気がした。
将幸が自分で心の奥に刻んだ、自分の意思…その最後の抵抗だった。
しかしそのことを考える間もなく、友紀哉は自分の身体を押し倒してくる。
「そうっ…僕は将幸君のこと、愛してるんだよ…だから将幸君のこと…」
「あっ、んっ…んっふ…っぁ」
深く、自分の中へと入り込んでくるほどのキス…
それは友紀哉の言ったことについて考えさせることを阻害し、言葉の意味をストレートに受け止めさせてしまう。
『…友紀哉は、俺のことが好き…』
いつもの自分だったら、それを真っ向から否定が出来た。
けど…今は…
「将幸君…僕のこと好き? んっ…んっむ…」
時々唇を離しては問いかけ、そして再びディープキスを繰り返す。
『俺? 俺は…俺は…』
少しでも頭の中を整理できる時間があれば、自分の意思を持ち上げることが出来たかも知れない。
友紀哉さえいなければ、心に刻んだことをはっきりとした形で思い出せたかもしれない。
しかし今の将幸には、そんな余裕などどこにもなかった。
自分に与えられることを、受け入れることしか出来なかった。
『あぁ…そうか…俺、こいつのことが好きなんだ…だから俺、毎日…』
自分が毎日この場所にやってくる理由も、この場所を離れようとしない理由も…
その全てが将幸の頭の中で、全く意としない部分で結ばれてしまう。
『友紀哉は俺のことが好きで、俺も友紀哉が好きなんだ…だから…』
胸に刻まれた自分の意思は完全に塗り替えられ、全く別のものへと変化する。
「ねぇ…将幸君は?」
「…俺も…俺も…」
何度目なのか解らない問いかけに、将幸はゆっくりと自分の両手を友紀哉の身体へとまわして抱きしめる。
「…俺もお前のこと…愛してる…」
そして固まった一つの感情を、言葉として友紀哉に伝える。
それは将幸の本心であることに間違いはないが、本当の本心ではない。
歪んだ形で形成された、将幸のココロ…
しかしもう…消え去った将幸の本心は、もう戻ってはこない。
錯覚によって生み出された一つの気持ちに、流されることしか出来なかった。
「うん…僕も、愛してる…」
友紀哉は嬉しそうに笑い、今度は将幸の方からキスをしてやる。
『…愛してる…愛してる…』
歪んだ愛情と、錯覚の愛情…
結ばれるはずのなかった二つの愛情は強く結ばれ、二度と離れることのない気持ちへと変化する。
『アイシテル…アイシテル…』
間違って硬く結ばれた気持ちの中で、二人は永遠に同じ言葉を繰り返していた。
end
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