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一話/おにいちゃんと一緒


「いっつ…」
「あっ…お兄ちゃん、痛かった?」
 宗太は消毒液をティッシュに湿らせて、宗平の傷のある部分を拭き取っていく。
 傷周りを拭いている時は黙っているものの、傷口に触れるとすぐに顔を歪ませる。
「いや…平気だよ」
「すぐ終わるからね…。あとはこの薬を塗ってと…」
 そして今度は塗り薬を指先に出して、消毒液を当てていた部分に塗りこんでいく。
 だがその出した薬の量は、明らかに多すぎるようだった。
「ほぇぇっ! ぬっ、塗りすぎちゃった。ティッシュで拭かなきゃ…」
「良いって…。他の方にものばしてけば良いだろ」
 宗太はすぐ薬の多さに気がつき、ティッシュを片手に慌てて拭き取ろうとする。
 しかし宗平はそう口にすると、頬の一箇所に溜まった塗り薬を指ですくい、別の場所へと運んでいく。
「はぅぅ…ご、ごめんね…」
「ん…良いって。こうして宗太が薬持ってきてくれたことだけで、俺は嬉しいからさ」
 宗平はそう口にしながら、宗太の頭をなでてやる。
 いつもならそうされることはとても嬉しいことなのだが、今日は何故だか素直に喜べなかった。
「お、お兄ちゃん…あのね…」
 それは宗平が顔に傷を作ってきた理由…。それをまだ聞いていないからだった。
 転んで怪我をしたとか、学校での体育の授業中に怪我をしたのならまだ良かった。
 でも今目の前にいる宗平の傷跡は、どう考えてもそれらのこととは結びつかない。
 転んだり学校でする怪我で頬が黒ずむ訳がないし、ましてや傷は顔全体に広がっている。
 宗太でも、それくらいのことは考えることが出来た。
「……」
 宗平は宗太の言いたいことを理解したのか、今まで開いていた口を完全に閉じてしまった。
 そんな宗平の態度を前に、宗太は自分の思っていることをなかなか言い出せない気持ちになってしまう。
 時間的にはそんなに経っていなくても、その沈黙はとても長く感じられた。