+会えてよかった+
一話


「ったく! 何考えてんだよ!」
6人部屋の病室に、太陽の大きな声が響く。
周りで横になっていた入院患者達もその声に驚いて、顔を声の聞こえた方向に向ける。
「そんなに大きな声出さなくたって良いでしょう…」
太陽の目の前にいる少しだけ年をとった女性は顔をきょろきょろと動かし、周りにいる人達に顔を下ろしながらそう返事をする。
「けどさぁ…俺母さんが大怪我して、もうダメかも知れないって言うから、マジで心配して来たんだぞ? それなのになんだよ…左手が折れただけってさぁ…」
太陽は自分の顔を下に落としながらも、わずかに安堵の表情を見せている。
「左手が折れただけとは、失礼な言い方するわね。十分大怪我よ、骨折は」
少しだけ怒るような口調で話す母親だが、太陽は再びあきれた表情をする。
「はぁ…そりゃそうだけどさ…電話で聞いた時は、凄いことになってるみたいに言われたもんだからさぁ…」
太陽が学校で近所の人から電話で受け取った時、電話の声は震え、もうダメかも知れないと言わんばかりな印象を受けた。
「良子さんね…あの人オーバーだから」
母親は口に手を当てて、笑いながら返事をする。
「笑えねーっつーの。ったく…」
その母親の笑い声に、太陽は少しだけ怒るような口調になる。
太陽には母親しかおらず、父親は自分の物心がつく前にはもういなかった。
自分を育ててくれているのは母親であり、唯一の肉親…
だからこそ事故の電話を受け取った時は本気で母親を心配したし、この場所に来るまで全身の震えも止まることはなかった。
『…いなくなって欲しくない…』
これまでに何度もそう感じたことはあったが、今日ほどに思ったことはなかった。
「けどさ…マジで心配したんだぞ…俺」
これまでの怒鳴るような声とは変わり、低い声で真面目な表情をしながら太陽は言う。
「そうね…ごめんなさいね」
その表情と言葉に込める想いを感じてか、母親も少し申し訳なさそうな表情をしながら返事をする。
「良いって。とにかく、無事だったんだしさ」
そういうと太陽はベッドの横に置かれている、病室備え付けの椅子に座り込む。
「でさ、これからどうするのさ? やっぱ、何日か入院しないといけないのか?」
「そうね…さっきの先生の話しだと、二週間くらい入院してもらって、それから経過を見ようって言ってたわ。詳しくは聞いてないんだけど…」
太陽の質問に、母親は先程まで医師と話していたことを思い出しながら口を開く。
「そっか。けどあんまり長くないみたいだし、安心したよ」
太陽から落ち込んだ表情は見えなくなり、完全に安堵の表情へと変わる。
しかし逆に母親の表情は、暗くなっているようだった。
「そうかしら…二週間も…大丈夫?」
太陽は最初何のことを言っているのか解らなかったが、すぐにその言葉を理解して返事をする。
「あぁ…家のことだろ? 平気だって、二週間くらい。一人でも大丈夫だよ」
「そう…なら良いけど…」
そうは言っても、母親から沈んだ表情が変わることはない。
そんな母親に、太陽は心配をかけまいと明るい声で返事をする。
「ったく…母さんは心配性だな。俺だってもう高校3年なんだぜ? そんなに心配してくれなくたって大丈夫だよ」
「…そうよね…太陽ももう高校生だものね」
太陽の力強い口調に押されるように、母親は渋々そう返事を返す。
「そうだよ…だから母さんは心配しないでいいから、ゆっくり休めよな。なんか…最近仕事ばっかりだったみたいだしさ…」
太陽はこうして母親と話すこと自体、久しぶりな気がしていた。
朝起きれば母親はもう働きに出ていて、家に帰ってきても誰の姿もない。
「ごめんなさいね…心配かけて」
立場が逆転してしまい、今度は完全に母親が落ち込んでしまう。
「とにかくさ、せっかく休めるんだからゆっくりしてろって。俺もバイトやってるんだしさ、金のこととかは全然平気だからさ」
「そうね…解ったわ」
顔は沈んだままだが、母親は太陽の顔を見ながらそう返事をする。
「よしっ…あぁ、俺ちょっと先生のとこ行って来るよ。これからどうなるかとか、詳しく聞いてくるからさ」
母親の返事を聞くと、太陽はそう言ってその場を立ち上がり病室を後にする。


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