+会えてよかった+
一話
「…そう、なんだ…」
尚希は顔を下に向けたまま、そう一言だけ口を開く。
その言葉に太陽は、我に返る。
「あぁっ! わりー…なんか俺の愚痴みたいなこと話しちまったみたいで…」
慌てる太陽に対して、尚希はゆっくりと顔を上げて太陽の方に向ける。
「…太陽さんって、優しいんですね」
「はっ? なんだよ…それ」
唐突に言われる言葉に、太陽は戸惑ってしまう。
「だって…それだけお母さんのこと大切に思ってるってことでしょ? 確かに心配するのは当たり前かも知れないけど…太陽さんって、普通の人よりもずっとお母さんのこと大切に思ってるような気がしたから…」
確かに自分でも、母親の心配をしすぎじゃないかと思う。
事実友人にも、『お前マザコンか?』と言われたこともかなりあった。
「そうかも知れないな…けどさ、俺母さんいなくなっちまったら独りぼっちになっちまうだろ…それってやっぱり悲しいからさ…」
太陽の胸には、いつもそのことばかりがあった。
どんなに大人ぶっていても、まだ独りぼっちにはなりたくない…
だからこそ母親を人一倍大切にしたいと思っていた。
「…そうだよね…なんか僕、太陽さんのお母さん…羨ましいな…」
「あん? なんだよ、それ…」
尚希の言う言葉に、太陽は首をかしげてしまう。
「だから…太陽さんみたいな優しい人に心配されてて、凄く羨ましいなって…」
「何言ってんのさ。お前だった両親とかいるだろ?」
きょとんとした表情で太陽がそう聞くが、尚希はその言葉に下をうつむいてしまう。
「…僕には、そういう人いないからさ。僕は、いなくなった方が良いから…」
「えっ…」
小さな声でも、太陽の耳にははっきりとその言葉が聞こえていた。
「お前…何言って…」
太陽が言葉の意味を聞こうとすると、尚希はその場から急に立ち上がる。
「ごめんね…僕そろそろ検査とかあるから…太陽さんも、お母さんの所に行かなくても大丈夫?」
「えっ…あっ! もうこんな時間なのか!?」
休憩室の壁にかけられている時計に目を向けると、既にこの場所にきてから2時間以上も経っているようだった。
「そうですよ。早く行かないと、お母さんが心配しますよ」
尚希は小さな笑みを浮かべながら、そう言う。
「そうだな…悪かったな、なんか愚痴みたいなのにつきあわせちまって…」
太陽は自分の聞こうとしていたことを、はぐらかされたように感じつつ、長々と話をしてしまったことをわびる。
「別にいいですよ…僕も、楽しかったですから…」
そういう尚希の顔は、初めて見るような顔…とてもきれいで、病人にはとても見えない笑顔だった。
太陽はその初めて見る笑顔に、少し見とれてしまっていた。