+会えてよかった+
三話


いつものよう、空の色が赤くなり始めるような時間に、太陽は母親の病室に来ていた。
「荷物はこれとこれで良いんだよな…またベッドの下にでも置いとくからさ」
太陽は手に持っていた小さな紙袋を、適当にベッドの下に置く。
「解ったわ」
「んじゃー、俺行くとこあるからさ…」
そう言って太陽がその場を離れようとすると、母親が小さく笑いながら口を開く
「…彼女のとこかしら?」
「ばっ! 何言ってんだよ、いきなり」
突然母親に言われた言葉に驚き、大きな声をあげてしまう。
「あら…違ったの?」
「ちっ、ちげーよ。そんなわけねーだろ! ったく…」
太陽は顔を真っ赤にして、大きな声を上げて否定する。
「そうなの…なんか最近来てもすぐ帰るし、なんか…顔が嬉しそうだったからね」
「ぇぅ…俺、そんな顔してたのか?」
自分の両手を顔にぺたぺたと当て、顔を調べるように触れる。
「えぇ。特に最近は嬉しそうだから、恋人でも出来たのかと思ったのよ」
「…恋人とか、そういうのじゃないよ。なんつーかな…新しいダチが出来たんだ」
普通に友達が出来たと言うだけで構わないはずなのに、太陽の口調はどこか恥ずかしがっているようだった。
「ふーん…本当にただの友達かしらね…」
太陽のそんな表情を見て、母親は薄笑いを浮かべながら言ってくる。
「う”っ…ただのダチだってばよ…母さんも疑り深いな…」
太陽は母親の言葉に、小さく顔を落としてため息をつく。
「いつか私にも紹介して頂戴ね」
「…はいはい」
笑顔でそういう母親に、太陽は呆れた表情をしながら2回返事をする。
母親は確実に、自分に恋人がいるものだと決め付けているようだった。
「…これ以上言っても、無駄なような気がする…」
太陽はそう小さくつぶやくと、そのまま病室を後にする。
「ったく…恋人なんかじゃないっての…」
尚希の病室までの僅かな距離を、ぶつぶつと愚痴を言いながら歩く。
尚希と会ってから、今日でもう7日目になる。
毎日のように尚希の病室に向かい、尚希と日常会話を交わす…確かにそれは、普通に友人と話すことよりもずっと楽しい。
だからこそ尚希に会う前に楽しそうな顔になってしまうのは、仕方がないかもとは思う。
けどそれを恋人がいると勘違いされるほどに自分の顔が浮かれていたのかと思うと、少しばかりの戸惑いを感じてしまう。
「俺…そんなに楽しそうな顔してんのかな…」
ふと横を向けると病室のガラスが目に止まり、それに自分の顔を映して見る。
「…いつもと変わんねぇよな…」
そこには見慣れている自分の顔が映っていた。
自分だからこそ解らないことなのかも知れないが、太陽にはいつも通りにしか見えなかった。
「けど…恋人ってのはいくらなんでもないよな…」
その一言を口にしながら、これから会いに行く尚希の顔を思い浮かべる。
『尚希が…恋人なわけ…』
心の中で尚希を思い浮かべながら、さっき母親に言われた言葉を重ね合わせる。
太陽自身はそれを否定するのが当たり前だと解っているはずなのに、完全には否定しきれず思考が止まってしまう。
『尚希が…恋人…尚希が…こい…』
「うっあ! 何考えてんだ俺は! 尚希は男だぞ…そりゃ…確かに色白だし、小さいし、可愛いとは思うけど…ってちが!」
「……」
一人病棟の廊下で頭を抱え込みながら、太陽はうなるような低い声をあげる。
そんな太陽の横を入院患者達が、不審者を見るように通り過ぎて行く。
「あっ…はは…きょ、今日も暑いですよね…あはははは」
太陽は何人もの視線に気がつき、額に変な汗をかきながら、後ずさりをするように尚希の病室へと歩き出す。
「ったく…俺も変なこと考えてんじゃないっての。尚希が恋人になるだなんて、ありえないって…」
そうは言っても、もし尚希が恋人だったら…そう思うと、いつも以上に自分の胸が高鳴るのだけはどうしても隠せない。
こうして病室へ向かう今も、自分の精神が異常なまでに緊張しているのが解った。
「あー! もう、俺の馬鹿っ!」
自分で自分を叱責しながら、顔を真っ赤にして尚希の病室へと向かっていた。


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