+会えてよかった+
四話
尚希の病室はナースステーションから近いこともあって、太陽は物音を立てないよう、慎重に歩いていた。
そして尚希の病室までたどり着くと、上についているガラス窓に目を向ける。
「っと…部屋の明かりはまだついてるし、起きてるよな…」
そういうと太陽は軽くドアを叩き、部屋の中にいる人物にだけ聞こえるよう、小さく尚希の名前を呼ぶ。
「尚希…いるか?」
しかし部屋の中からは、何の反応もない。
「うーん…尚希の奴、もう寝ちゃってんのかな…はぁー」
太陽が残念がりながらその場から離れようとすると、部屋の中から今までに聞いたことのない声が聞こえてくる。
「…っぁ…っ…」
ドア越しに聞いているせいかも知れないが、その声はとても低くて苦しそうに感じ取れる。
「…? 尚希、いるのか?」
太陽はその声が気になり、尚希の病室のドアを開けて中へと入り込んでいく。
「だっ…れ?」
ドアの開く僅かな音に気がついたのか、尚希の声が聞こえてくる。
しかしその声はとても苦しそうで、少し聞いただけでは尚希だと解らないほどだった。
「あ、わりー…勝手に入ってきちまって…」
太陽はそんな尚希の声を不思議に思いながらも、ゆっくりと尚希が横になるベッドへと歩いていく。
「たいよっ…さん? う゛っぁ…はあっ…はぁっ」
部屋に入ってきた人物が太陽であると解ると、尚希の声は少しだけいつものような声になる。
しかしその後に聞こえてきたのは、うめき声と荒い息遣いだった。
「尚希? どうし…!」
突然変化する尚希の声に驚きながら、太陽は仕切られたカーテンに手を当てて中に入る。するとそこには、自分の胸を両手で必死に押さえ込みながら、全身を丸まらせている尚希がいた。
「はぁ…はぁっ…くっ…はぁっ…」
「尚希っ! 大丈夫か!」
太陽はとっさに尚希のいる方に近づき、丸まっている尚希の背中に手を触れる。
全身は小刻みに震えていて、少し触れるだけでもそれが解る。顔色は真っ青で、信じられないほど大量の汗を流していた。
「尚希! しっかりしろって」
そう言って太陽は、慌てて自分の服の袖で尚希の額に流れる汗を拭き取る。しかし流れ出る汗は止まることなく、いくら拭いても意味がなかった。
「はっ…たいっ…さん…ぁ…ぼっ…くる…」
尚希は言葉を発するのも精一杯なのか、はっきりとした言葉を言うことが出来ない。
逆に時間がたつにつれて尚希の息遣いがどんどん小さくなっていくのが解り、苦しさがどんどん大きくなっていくのが太陽にも解った。
「しっかりしろって! ちょっと待ってろ、今先生呼んで来るからな」
「はっ…ぅっ…ん…はぁ…」
自分ではどうすることも出来ないと感じ、太陽は走るように病室を後にする。
そして走る足を止めることなく、ナースステーションへと向かう。
「すみませんっ! 尚希が…尚希がっ!」
病棟中に響くような大声で太陽が口を開くと、中にいた看護婦が驚いた表情をしながら太陽のいる場所にやってくる。
「どうかしたんですか?」
「あっあのっ…その…えっと…」
太陽は気が動転してしまい、何を話して良いのか完全に混乱してしまう。
「…落ち着いて下さい。どうなさったんですか?」
看護婦が太陽のことを落ち着けようと、冷静な口調で言う。
太陽の動きや口調を見ていれば緊急であることは十分解るが、その理由がわからなければ看護婦としてもどうしようもなかった。
しかし完全に混乱している太陽には、看護婦の言葉は届いていないようだった。
「そのっ…尚希の奴が、いきなり苦しいって…それでスゲー汗流してて…」
「…尚希というと…個室に入院してらっしゃる尚希さんですか?」
入院している患者の中から該当する名前を思い出しながら、看護婦はそう口を開く。
「そうですっ! 尚希の奴、なんか急に苦しがって!」
「解りました。今すぐ先生を呼んできますね。あなたは病室の方にいて下さい」
太陽の言いたいことを理解すると、看護婦は走るようにナースステーションの奥へと向かっていく。
「尚希…尚希っ…」
ナースステーションの中が、僅かに騒がしくなりだす。
太陽は尚希の名前を呼びながら、再び走るように病室へと向かう。