+会えてよかった+
五話
「ねぇ…太陽さん…ひとつだけ聞いても良いかな?」
沈黙を破り、尚希は太陽に抱かれたままそう口を開く。
「…ん? どうしたんだ」
「…ぁ、うん…あのね…」
尚希は最初言うことをためらうが、ゆっくりと太陽に聞く。
「僕のこと、どうして心配してくれたのかな…って…」
「えっ…どうしてって…」
尚希が言ってきた言葉に、太陽は返事に困ってしまう。
人を心配することに、理由なんて要らない。ましてやお人良しな太陽にしてみれば、それが当たり前のことのように思っている。
「…あ、太陽さん…僕のこと、心配して…くれたんだよね…」
返答に困る太陽に、尚希は確認するように聞いてくる。
「そんなの当たり前だろ!」
しかし太陽が尚希のことを心配する様は、いつもとは明らかに違っていた。
他人とは思えないほど尚希のことを心配し、大切に思っている…
それは自分でも感じていたし、その理由もはっきりと解っている。
自分は、尚希のことが好きだから…
大好きだから、心配になる。大好きだから、大切にしたい。
けれどその理由は、決して言ってはいけない理由…そう思っていたから、口に出して言うことは出来なかった。
「じゃあ…どうして…」
尚希の声は再び暗くなり、明らかにはっきりとした回答を求めるような声だった。
そしてその声に太陽は、自分が嘘を言ってもきっと尚希は納得しない…もう隠してはいられない…そう思った。
「…尚希、このまま聞いてくれるか?」
太陽は尚希を抱きしめたまま、そう真面目に口を開く。
「太陽さん…」
きっと嘘偽りなく話してくれる…そう感じさせる太陽の声に、尚希は安心した表情を浮かべていた。
「…俺さ…お前が心配なんだよ…その…やっぱり人が苦しんでるのを見捨てるなんて出来ないし、助けてやりたいって思うんだ…」
太陽はずっとそうやって生きてきた。母親は勿論、自分の周りにいる誰かが苦しむ姿を、決して見たくなかったから…
「俺にとっては、それが当たり前だと思ってる…」
「…太陽さん…」
尚希にしてみれば、思っていた通りの回答だとは思った。しかし太陽は、止まることなく話し続ける。
「でも俺…お前のこと、いつも以上に心配してた。お前が苦しんでた時、もしかしたら母さんのことよりも心配してたかも知れない…」
あの時の自分は、明らかに母親のこと以上に尚希を心配していた。
尚希の苦しむ姿を目の当たりにしたこともあるかも知れないが、確かにあの時の自分は尚希のこと意外は考えることが出来なかった。
「…どうして? 太陽さんにとって、お母さんは…」
尚希は太陽と初めて会った時に、太陽が母親をどれだけ大切にしているかを話している。
当然そのことを尚希も覚えていて、太陽の言う言葉に疑問を投げかけてくる。
「…そうだよな。でもさ…俺、本気でお前のこと…」
言葉を途中で止め、尚希を抱く力を少しだけ強くする。
「…太陽さん?」
尚希が太陽の手の力に気がついて、太陽の名前を呼ぶ。
太陽は暫く何も話そうとはしなかったが、重い口をゆっくりと開いていく。
「俺さ、お前が大切なんだ。その…お前が、好き…だからさ…」
開いた口は自分の思っていたよりも簡単に、心の中にしまっておいた言葉を言ってくれる。
恥ずかしさや照れは、何一つなかった。
「太陽…さん…」
太陽の言葉に、尚希は返事をすることができないでいた。そして返事のないことに、太陽は尚希が困惑しているのだと思った。
「…ごめんな…こんなこと言って。でも俺が男だからとか、そういうのは気にしないで欲しい…俺は本気でお前のことが好きで、心から大切にしたいと思う。だから…だから…」
だから心配で仕方がない…太陽はその言葉を言うことは出来なかった。
それを言うことは、もっと尚希に迷惑をかけるかもしれないから…
「そう…なんだ…」
太陽の言葉に、尚希はそう一言だけ返事をするだけだった。
「…ごめん…尚希。俺本当は、言うつもりなんてなかった。けど…言わなきゃ絶対、後悔しそうな気がしたから…」
自分の気持ちを隠し通すことは、出来たのかも知れない。この場で思いつく嘘を言い通せば、納得してくれたかも知れない。
それでも、今は自分の気持ちを言いたいと思った。
理由なんて解らない。
ただ、気持ちをはっきりと尚希に伝えたかった…それだけだった。