+会えてよかった+
六話


尚希と母親の入院する病棟へと足を踏み入れると、奥の方の部屋で慌しく医師や看護婦が出入りしていた。
「…っ! 尚希!」
間違いない…間違えるはずがなかった。
別の病室から離れた場所にある尚希の病室は、ドアが孤立したような場所にある。
そして今医師や看護婦の出入りしている場所にあるドアは、尚希の病室以外にはありえない。
「尚希っ!」
目の前に沢山の入院患者が歩いていることも気づかず、太陽はその場から全速力で走り始める。
時折自分の肩が、廊下を歩いている人の肩をかすめることもあった。
しかし太陽には全く気がつかず、尚希の病室までの僅かな距離を今までにない速さで走り抜けていた。
「尚希っ!!」
大きな声でドアの中に入ろうとすると、中からは尚希の叫び声のようなものが聞こえてきた。
「うっあぁぁあぁつ! ああああああっ!」
「尚希っ! 大丈夫か!!」
太陽がその声に気がついて大きな声で尚希の声を呼びながら病室に入ろうとすると、入り口の前にいた看護婦に制止されてしまう。
「すみません。緊急なもので…関係者の方以外はご遠慮願います」
「でもっ! 尚希っ!!」
「うぁああああぁあつ…ふっぐっ…ああああああっ!」
人の声として聞いたこともないような尚希の絶叫に、太陽は看護婦の制止を振り切って病室の中へと入り込んでいく。
部屋の中は今まで病室の隅においてあった機械がベッドのまわりに出されていて、太陽の行き道を阻んでいるようだった。
「かっは…うあ…ああぁぁあああぁぁぁあっ!」
「尚希っ!」
太陽はそれを倒さないように避けて、部屋中に響く叫び声のもとへと向かう。
そしてカーテンを開けると、そこには見慣れた医師の姿があり、そして自分の胸を押さえつけて絶叫を上げ続ける尚希の姿があった。
「なおっ、き?! っあ…」
「ぐっぁ…はっっぐ…ぅぁあああっ!」
太陽は尚希の姿に、その場から一歩…二歩と距離を取ってしまう。
今までに見たことのないような表情と、口からはおびただしい唾液を流しながら大きな声を上げ続ける。全身は目に見えて解るほど震え、服は全身から流れ出る冷や汗でびしょ濡れのようにも見えた。
「あっ…あっ…」
「はっ…ぅっあ…ふぅっあ…くっあ…」
医師が何か処置をしたのか、さっきよりも尚希の声は落ち着きを取り戻していた。
それでも苦しさを訴える表情は変わることがなく、太陽はそんな尚希の顔を見ることが出来なかった。
「何をしているんだ!」
太陽が尚希の姿に恐怖していると、処置をしていた医師が大きな声をあげる。
「あっ…お、俺…そのっ」
医師の声に太陽は我に返るが、頭の中は混乱したままだった。
「君は確か…十川君の…」
太陽の姿を見るなり、医師は思い出したように声をあげる。
「あっ…俺、尚希の…尚希が…尚希が…」
「…すまないが、治療の邪魔になる。今は、外にいてくれないか?」
医師に何かを言わなければならないことは解っていたが、混乱した頭では何も言うことが出来なかった。
「…大丈夫ですから…」
医師は太陽の言いたいことを理解してか、そう一言だけ言う。
「っ! 本当ですか! 尚希の奴、本当に大丈夫なんですか!!」
すると太陽はまるで思い出したかのような表情をしながら、医師の両腕の裾をつかみながら聞き返す。
「……」
しかし太陽の言葉に、医師はただ無言でいるだけだった。
「先生! 尚希は…尚希はっ…!」
「…今は治療に専念しなければならない…外で待っていて欲しい」
再び太陽が聞こうとすると、医師はそう言って尚希の方を向いてしまう。
「っ…解りました…」
太陽は医師の言葉を聞きいれ、静かに病室を後にする。
本当はもっと、尚希の病状について医師に話を聞きたいとは思った。
けれど今はそんな余裕がないことは、目の前の状況を前にすれば嫌でも解る。
尚希は危険な状態だと…だから医師はなんの返事も返せない。そうとしか考えられなかった。
そして自分には、何もすることが出来ないと解っていたから…


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