+会えてよかった+
六話
「……」
病室の中は異様なまでに静まり返っていて、とても昼を過ぎた時間だとは思えない。
太陽はゆっくりとした足取りで、下をうつむいたまま尚希のいるベッドへと歩く。
「…尚希」
「ぁ…たいよ、ぅ…さん」
太陽の呼びかけに、尚希は弱々しい口調で返事を返してくれた。
出来ればもう、喋らないで欲しいと思った。
「よっ、よぉ…」
出来るだけ自分の気持ちを隠そうと必死に元気そうに振舞いながら、太陽はカーテンの中へと入っていく。
そこにはベッドに横たわり、衰弱しきっている尚希がいた。
…見ていられない…
太陽は尚希の姿を見て、そう感じていた。
いつも見ている、尚希の姿はどこにもない…まさに『病人』と言える姿だった。
「大丈夫か…尚希」
「…ぅん…ちょっと苦しいんだけど…薬のおかげで今は凄い楽だよ」
そう言って尚希は、辛そうな表情の中に笑顔を作る。
「そっか…良かったな」
笑顔を作っていることくらい太陽には解っていたが、尚希の言葉にそう返事を返してやる。
太陽の返事に安心してか、尚希は落ち着いた感じで話し始める。
「…ごめんね…太陽さん…せっかく誘ってくれたのに、僕こんなになっちゃって…」
「いや…大丈夫だよ。ほらっ…バイトの休みだって、今日だけじゃないんだしさ。機会だったら、いくらでもあるしさ…」
必死に元気に振舞おうとしても、胸の思いまではどうしようもない。
声には元気がなく、明らかに無理をしていることは明白だった。
「…太陽さん…無理、しないで…」
「あっ…なお、き…」
尚希の一言に、太陽は口を完全に閉じてしまう。そしてお互いに口を開くことなく、再び病室内は静まり返ってしまう。
「…ごめんなさい…太陽さん…」
しかし少しすると、尚希は太陽の方を向いてそう言ってくる。
「…何言ってんだよ…なんか、お前悪いことでもしたのかよ…」
太陽の返事に、尚希は顔を背けてゆっくりと話し始める。
「…僕ね、解ってた…自分がどうなるかって…」
「……」
太陽は尚希の話を、ただ黙って聞いていた。
「…僕は死ぬんだって…もうずっと前から…」
言って欲しくない一言だった。その一言が、太陽の胸に重く圧し掛かる。
「でも…怖いとか、思ったりしなかった…むしろ嬉しいとも思ったんだ…僕は死ねるんだって思ったら…」
「…なんでだよ」
太陽は目から出そうになる涙を必死にこらえながら、尚希の話しに耳を傾ける。
「僕、ずっとお父さんやお母さんに迷惑かけて生きてきたから…小さいころから病気ばかりで、学校にもちゃんといけなくて…だから早くに死にたかった…いずれ死ぬことが解ってるなら、早くに…」
「…尚希」
その言葉を聞いた時、初めて尚希に会った時に聞いた言葉を思い出す。
『僕は死んだ方が良いから…』その意味を理解することが出来た。
もう自分の周りに、迷惑をかけたくなかったから…ただそれだけのこと。
「ばっか…お前の父さんや母さんが、迷惑だなんて思ってるわけないだろ…」
確かに仕事が忙しくて、尚希に会いに来ることは出来ないかも知れない。
それでも子供のことを心配しない親は、絶対にいない。それは自分が、一番良く知っていることだから…
「そう、かな…でも…たとえそうだとしても、それでも僕は…」
太陽の言葉を疑っている訳ではないが、それでも尚希には決意していることがあった。
「なんだよ…」
「死にたかった…毎日薬を飲んで、毎日注射をして…そんな生活はもう嫌だから…」
尚希の声が、震えだしているのが解った。
「馬鹿なこと…」
太陽が尚希の言葉を否定しようとすると、それを小さい声でさえぎるように尚希が言ってくる。
「…本当に、死にたかったから…もう、生きていたくなかったから…自分も周りの皆も、楽にしてあげたかったから…」
尚希なりの、優しさなのだろうとは思う。
自分がいなくなれば、きっと他の皆が幸せになれると信じている尚希なりの優しさ…
けれどその言葉に、太陽はもう自分の気持ちを抑えることが出来なくなってしまう。
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ! 死んで喜んでくれるやつなんて、いるわけないだろ! だから…馬鹿なこと言うなよ…」
太陽は大きな声をあげてそう言うと、下をうつむいてぽろぽろと抑え込んでいた涙を流し始める。