+会えてよかった+
七話
「おっす…母さん。どうだ? 具合の方は」
太陽はいつも通りの時間に、母親の病室を訪れる。
しかし話す声にはいつもの張りがなくて、元気のなさはすぐに解った。
「私は大丈夫だけど…何かあったの?」
「えっ…あ、いや…何もないよ」
母親の心配する声に、太陽はそう返事を返す。
「…そう…なら良いんだけど」
太陽が何かを隠していることはすぐに解ったが、それは聞いてはいけないことなのだと母親は直感で感じた。
「……」
太陽は顔を横に向けてしまい、会話を交わそうとはしない。
「太陽?」
「あっ、ごめん…ちょっと考え事してて…」
太陽はまるで、自分の意識がこの場所にないようだった。
「…母さんはもう大丈夫だから、太陽も休みなさい。なんか疲れてるみたいだから…」
「…うん」
いつもの太陽だったら『大丈夫』の一言を必ず言うはずなのに、その言葉を言うことすら出来なかった。
太陽はそう返事を返すと、重い足取りで病室後にする。
そして廊下に出ると、自分でも気がつかないうちに尚希のいた病室へと歩いていた。
「……」
このドアを開けたら、目の前にはいつも通り尚希が笑っている…いつもと変わらない、尚希の姿がきっとある…
そう思って、太陽は目の前のドアを開ける。
「…っあ…」
一瞬だけ、自分の頭に描いた光景が見えた。
けれどその光景はすぐに消え去り、室内は昨日まで尚希が入院していたと思えないほどキレイに片付いていた。
置かれていた多くの機材も消え、ベッドのシーツも新しく代えられている。
数少ない尚希の荷物もなく、もう病室には尚希がいた痕跡は何も残っていないようだった。
「…尚希」
太陽は真っ白なベッドの横に座ると、シーツに手を置いて黙り込んでしまう。
「……」
誰もいない病室で、太陽はただ黙って座っていた。
「…尚希…」
また涙が出そうになってきた。
昨日この場所で体験したことが、頭の中によみがえる。
温かな手が冷たくなっていく…忘れられないあの感覚…
「……」
あの後太陽は医師を部屋に呼び、尚希の身体は別の場所に移された。
それからのことは、何も知らない。
もともと自分と尚希は数日前に知り合ったばかりの友人で、家族とも深い親交があったわけでもない。
だからこれ以上尚希のことに関わることは、太陽には出来なかった。
「尚希ぃ…お前、今どこにいるんだよ…」
もう世界中どこを探しても、尚希がいないことは解っている。
それでも会いたい…話したい…身体に触れたい…
その強い思いが、太陽にそう口を開かせる。
「……これ」
太陽が下をうつむくと、ベッドの下にノートのような物があるのが見えた。
明らかに病院のものではなく、太陽はそれをベッドの下から引っ張り出す。
「…に、っき?」
表紙のタイトル欄には、『diary』と書かれていて、中には何かが挟まっている。
太陽はその挟まっているものを取り出すと、発泡スチロール製の玩具の組み立て式飛行機だった。
「これ…」
そして開いた日記のページに目を向けると、そこには自分の名前が所々に書かれていた。
「尚希の…日記?」
そう言って太陽は、日記に書かれていた内容を読み進める。
最近新しくしたせいか、書かれている日にちは少ない。
それでも自分と出会う前日から、いなくなる前日までの日記がしっかりと書かれていた。
「尚希…」
内容には自分の名前が、何度も登場してきた。
太陽と会った初日のこと、太陽が初めて尚希の病室を訪れた時のこと…
日々の日記に、太陽のことが書かれていない日はないほどだった。
「なお、き…」
毎日が楽しい…自分と会えることが楽しい…そして尚希が最後に言った願いのことも、しっかりと書かれていた。
生きたい…生きて、もっと一緒にいたい…
「尚希…」
また涙がこぼれてきた。
昨日一生分の涙を流したと思っていたのに、また止め処なく流れてくる。
日記を読んで、もう尚希には会えないと実感した。それが枯れ果てたはずの涙をよみがえらせる。
「なおっ、き…」
太陽は尚希の日記を握り締めながら、誰もいない病室で泣いていた。