+Love You+
二話/強制
放課後になると、将幸は体育館の裏へとやってきていた。
人の気配は全くなく、学校を囲む壁の後ろにある道路を走る車の音しか聞こえてこない。
「おっせー…早く来いっつーの」
まだこの場所に来てから数分しか経っていないのにも関わらず、将幸はその場で苛立ち始める。
時間的にももう日が落ち始めていて、空の色は赤く染まっていた。
「あー…ウザってぇ…」
将幸は地面にある小石を壁に蹴りつけながら、人が来るのをその場で待ち続ける。
「……ん?」
暫くすると、草の上を歩くような音が聞こえてきた。
同時に後ろに人の気配を感じるが、将幸はわざとその場から動こうとしない。
もし相手が敦でないことを知られてしまえば、すぐにでも逃げ出してしまうと思ったからだった。
そのため逃げ出してもすぐに捕らえられる距離に来るまで、将幸は後ろからくる人の気配に気がつかないふりをしていた。
「……」
声も出来るだけ出さないように、静かに待ち続ける。
はっきりとは解らないが、自分よりも身長が高いと感じ取れた。
そして後ろに感じる人の気配が自分に最も近くなると、相手のほうから声をかけてきた。
「…敦さん、ですか?」
とても丁寧な口調で、しかも弱々しい印象を受ける声だった。
どこかで聞いたことのあるような声だと感じながらも、それが誰であるかははっきりと思い出せない。
「……」
相手に声をかけられても、将幸は一言も話すことなく後ろを向いたままだった。
不意をついて殴りかかることも出来たが、それをすれば問題になってしまう。
何回も似たようなことを繰り返してきた将幸には、それが十分に解っていた。
だから自分が相手のことを殴る理由がはっきりとするまでは、手出しをするつもりはない。
「……」
後ろにいる人物も何も話すことはなく、沈黙が広がると同時に張り詰めた緊張感が辺りに広がり始める。
やがてその沈黙を破り、将幸の後ろから『ブンッ』と言う空を切る音が聞こえてきた。
「おわっ…っと」
将幸はそれを瞬時に察すると、慌てて身体を横へと動かす。
そして今まで自分が立っていたところに目を向けると、自分と同じ学生服を着た人物が、金属製のバッドを振り下ろしていた。
「てめー…やってくれるじゃねぇか…」
その姿を瞳に映すと、将幸は目の色を変えていく。
「…? 将幸…くん」
将幸の声に気がつくと、襲い掛かってきた人物は僅かに驚いたような表情を見せていた。
しかし将幸はその隙をついて、目の前にいる人物に全身を使って体当たりする。
相手はマスクも何もつけておらず、顔を見ることも出来たが、今は殴り倒すことの方が先だった。
「おらっ!!」
「うっわ…」
隙だらけだった人物は将幸の体当たりに耐えられず、その場に倒れ込む。
「てめー…ナメたことしてるみたいじゃねぇか!」
将幸は倒れ込んだ人物の腹部に座り込みながら、胸倉をつかんで持ち上げる。
「ぐっ…」
息苦しそうにする顔が自分の目に映った時、それが誰であるのかが解った。
まだ新しい過去だったこともあってか、その顔も何をしたのかも良く覚えている。
「友紀哉…だったな。お前、なにしてやがる!」
「…将幸君こそ、なんでこんなところにいるの…僕危うく将幸君のこと、怪我させちゃうところだったんだよ…」
将幸はつかんだ胸倉をガクガクと上下に動かしながら言うが、友紀哉は怯えることなく落ち着いた返事を返してきた。
「そんなこと聞いてんじゃねぇよ!」
今にも殴ってしまいそうな衝動を抑えながら、将幸は何度も腕を動かす。
本当はすぐにでも殴りかかれば良いとは思ったが、少なくとも自分の知っている人物である以上、敦の言うように自分と何らかの関係があるのだと感じた。
そしてその理由を知りたいと思い、それが手を出すことを抑え込んでいた。
「…将幸君を傷つける連中全員に、罰を与えないと…」
「罰って…どういう意味…っあ!」
友紀哉から更に理由を聞き出そうとした瞬間、全身に激しい痺れを感じる。
身体から運動感覚が完全になくなり、全く動けなってしまった。