+Love You+
三話/愛した人
「…あの、誰かいますか?」
友紀哉は放課後になると、暗闇の体育倉庫へとやってくる。
窓は小さなものがひとつしかなく、差し込む明かりも僅かなものしかない。
「……」
声を出しても、反応は何も返ってはこない。
友紀哉は怯えるような表情をしながら、倉庫の奥へと足を運んでいく。
そしてさほど広くない倉庫の奥へとやってくると、突然後ろに人の気配を感じる。
「…っ?!」
それに気がつき慌てて後ろを向くと、そこには自分よりも身体の大きい人物が立っていた。
すぐに相手の顔を確認しようとするが、暗さのせいで見ることが出来ない。
「…お前が、友紀哉か?」
友紀哉がその場で戸惑っていると、目の前にいる剛は低い声で名前を呼ぶ。
「あ、はい。そうですけど…あの、何か、用…ですか?」
口調はとても弱々しく、暗くても解るほど友紀哉の動きはおどおどしている。
剛はその姿を見たときに、本当に将幸の言っていた奴なのかと感じた。
この程度の奴であれば、自分でどうにかできるのにと…
「…将幸を知ってるな」
そんな疑問を感じながらも、剛は低い声で友紀哉に将幸の名を伝える。
「将幸君…勿論です」
すると友紀哉は一瞬のうちに怯えたような姿が消え、まるで剛と似たような冷たい印象を与える雰囲気を出し始める。
剛はその雰囲気に一瞬だけでも飲まれそうな気分になり、それに負けまいと眉間にしわをよせて強面へと変化させる。
「……」
そして何も言葉を言うことなく、唐突に友紀哉の胸倉をつかみかかる。
「なっ…! ぐっ、あ…」
突然のことに、友紀哉は息苦しそうな表情を見せる。
それでも剛は胸倉を持った手の力を弱めることなく、むしろ握る力を強めていく。
「…ブッ殺して欲しいといわれた。流石にそれは出来ないがな…」
声のトーンは変わることがなく、それがより一層に剛の冷たさを感じさせる。
ここまでやれば大半の人間は怯えてしまい、謝り出すのが通例だった。
しかし目の前にいる友紀哉は、そんな剛の声を聞いた瞬間…他の人間とは全く逆の反応を返してきた。
怒りや憎悪といった負の感情が、全身から伝わってくるような印象を受ける。
「そう、なんだ…将幸君、また…」
「…っ?! なんだ、お前っ!」
さっきまでとは全く異なる反応を示す友紀哉に、剛は全身が震えるような恐怖を感じた。
そして感じた恐怖は、無意識にその対象へと向けて拳を向ける。
「ぶっ! がっ、ぐっあ…」
鈍い音が部屋中に響き渡るのと同時に、友紀哉の身体は剛の手から離れて勢い良く壁際へとぶつかる。
「はぁっ、はぁ…なんなんだ、お前…」
恐怖から僅かに心拍数が上がり、剛は息を少しだけ切らせながら、倒れ込む友紀哉の方へと目を向ける。
「君も、将幸君のこと…許さない…」
ブツブツと呟くように言いながら、友紀哉はその場から起き上がる。
その動きはとても鈍く、普通ならば相手にならないと感じるはず。
しかし友紀哉の全身から発される、目に見えない負の感情…嫌なほどに感じるそれは、剛の身体をも包み込んでいく。
「…っ! 仕方ないっ…」
その怯えを振り払いながら、剛は立ち上がった友紀哉の方へと向かう。
両手には拳を作り、すぐに殴りかかる体勢になっていた。
「…許さない…許さない…」
友紀哉は口元を赤く腫らしながら、繰り返しそう口にする。
暗い体育倉庫の中に、剛の声だけが響いていた。