+Love You+
三話/愛した人


「……」
自分のHRが終わると、将幸は少し時間を置いてから体育倉庫の前へとやってきていた。
「心配、ねぇよな…」
あの後も将幸の胸からは不安が消えることはなく、友紀哉への制裁が実行される時間へとなるにつれて大きくなるような気がした。
心配がないと言い聞かせても、自分の身体はそれを受け入れてはくれない。
「問題ないって…もしかしたら終わって、剛の奴帰っちまってるかも知れないな」
小さな作り笑いで不安を打ち消しながら、将幸は目の前にある重々しい倉庫への扉を開いていく。
もう年代物のせいか、ドアが僅かに動くだけでも金属の擦れ合うような音が響き渡る。
「っと……」
自分が入れるだけドアを開けると、倉庫の中へと足を踏み入れる。
この場所に入り浸ることの多い将幸は、暗い室内でも慣れた足取りで奥へと進んでいく。
「誰かいるかな…っと」
地面には片付けられていない用具が散乱しており、時々転びそうにもなる。
「うっと…あれ、誰かいる?」
暗闇の中に小さな窓から光が差し込み、その明かりが将幸の目の先を僅かに照らす。
そこに映ったものは、誰かの学生服だった。
「…剛か。いるんだったら声出せよな」
距離があっても、とても身体が大きいのは目に見えて解る。
学校中探してもこれほどに大きな人物は剛意外にはおらず、それが誰であるかは容易に解った。
「……」
しかし将幸が声を出しても、剛からの反応は何もない。
ましてやそこから動く気配すらなく、その場に座り込んでいるように見えた。
「剛ってば、どうしたんだよ! 黙ったりして…」
さっきまでのは声が小さくて聞こえなかったのだと思い、今度は外に漏れ出すほどの大声で剛に声をかける。
「……」
それでも剛からの返答はなにもない。
「…ガキみてぇにかくれんぼしてんじゃねぇんだからな! 声くらい出せよな!!」
反応のない剛に対して、将幸はキレた大声を出して剛の元へとやってくる。
そして一向に動こうとしない剛の学生服をつかみ、再び怒りの声をあげようとする。
「おいっ! 何か言え…んっ」
大声を出そうとした瞬間に、将幸は手に何かに濡れた学生服の感触を感じる。
その感触は液体の感触ではあったが、水のように完全な液状ではなく、滑りを感じさせるものだった。
「なんだ…これ」
それが何であるのかは、倉庫の中が暗くて全く解らない。
感触だけでは何も解らず、将幸は部屋の中に僅かに差し込む明かりに滑りを持った手をかざして目を向ける。
「…っ!!」
目に映ったものは、真っ赤に染まった自分の手だった。
滴り落ちるほどに手についた赤い液体は、ポタポタと地面に落ちていく。
「なっ…なっ、なんだよ…これ、血じゃねぇかよ!」
日にかざした手をとっさにおろすと共に、再び剛の身体に目を向ける。
しかし部屋の中は暗く、剛の身体の状態を伺うことはゼロに等しいほどだった。
「剛っ! どうしたんだよ、剛っ!」
将幸はその場に座り込んでいる剛の両肩に、赤く染まった自分の手を置いて、激しく身体を揺さぶってみる。
それでも剛からの反応は何もなく、自分の動きに合わせるよう、身体が人形のように上下に揺れ動くだけだった。
「剛っ…剛っ?!」
それでも将幸は、剛の名を呼びながら身体を揺さぶり続ける。
やがて室内に差し込む明かりはその方向を少しだけ変え、剛の身体を僅かに照らす。
そしてその身体に目を向けた瞬間、将幸はその場に凍りつくように固まってしまう。
「あっ…あっ…」
照らされた腹部には、人の身体にはあるはずのない、銀色に光り輝くものが剛の身体を貫いていた。
身体と銀色の物体の付け根は黒い学生服からでも、何かが染み渡っているのが解る。
「剛っ…」
将幸の目は剛の顔へと映っていく。
小さな明かりが剛の顔を照らし、将幸もそれを頼りに顔を確認する。
「…っ?!」
剛の首は完全に肩に倒れ込んでいて、口元の右端からは赤いものが、ひとつの線を描いて流れていた。
目は完全に見開かれていて、見るだけでも苦痛であったことが解る。
「うっ…えっ…うえっ…」
その姿を見た瞬間に将幸はその場で吐き気を覚え、吐き出してしまいそうな感覚を必死に押さえ込もうとする。
「剛っ…ご、うっ…ぐっ」
そして目の前にあることが嘘であると考え出そうとした瞬間に、その横からは覚えのある声が聞こえてきた。
「将幸君? …来てくれたんだ」
どことない嬉しさを伴う、友紀哉の声だった。


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