+Love You+
四話/ココロ


「……」
着替えを済ませると、将幸は重いドアを開いて外に出る。
外はもう暗闇に包まれてはいるものの、倉庫の中よりはずっと明るい。
「…今、何時だ…」
将幸は校舎に常設されている、アナログ式の時計に目を向ける。
その赤く染まりきった瞳は、人としての生気を全く感じることが出来ない。
「…12時、過ぎてるんだ…もう、帰らないとな…」
ボーっとしたような顔つきのまま、将幸は校門の方へと向かって歩き出す。
足取りはふらついていて、周りから見ればいつ倒れてもおかしくないほどだった。
「……」
完全に明かりを無くした校舎の横を、足を引きずるようにしながら歩く。
動くたび地面からはズリズリとコンクリートを擦る音がするものの、将幸は決してそれ以上足を上げようとはしない。
「……っ!」
やがて将幸が校門に到着して、学校の外に出ようとした瞬間…後方の校舎から、人の視線を感じる。
ただ自分を見ているような視線ではなく、とても冷たく、恐ろしさを感じる視線だった。
すると将幸は今までのノロノロとした動きではなく、機敏な動きで顔を校舎の方へと向ける。
「…誰かっ…いるのかっ?!」
真っ暗な校舎に向かい、大きな声を張り上げる。
しかし当然のように反応はなく、将幸の大声が周りに響き渡るだけ。
「誰かいるんだろっ! 出てこいよ!!」
それでも将幸は繰り返し大きな声を上げ続け、顔をキョロキョロと動かし、感じる視線の元を必死になって探す。
「はぁっ…はぁっ…」
見つからない視線に将幸は恐怖に怯え、呼吸も荒くなる。
嫌でも身体が震えてきて、それを抑えようと自分の身体を抱くようにする。
「はぁっ、くそっ…くそっ…!」
そしてその恐怖の視線に耐えることが出来ず、将幸は逃げるように走り出す。
「はぁっ…はぁっ…うわぁぁぁぁぁっ!!」
叫び声をあげ、持てる力の全てを持って走る。
「うあぁぁぁぁっ! くるなっ…くるなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
追いかけてくる…視線が追いかけてくる。
後ろを見ても将幸を追いかける人の姿は決して見えないにも関わらず、叫び声をあげて走り続ける。
「くるな…くるなっ!! うわあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
時々深夜の道を歩く人が声に驚き、将幸に対して変な物を見るような視線を向ける。
しかし将幸はその確かな視線を感じることなく、自分だけしか感じることのない視線しか感じられなかった。
「はぁっ…うあ、くる…わぁぁぁぁぁぁっ!!」
声がかすれても、息苦しくても叫ぶ声は止まらない。
「はぁっ…はぁっ…」
将幸の足は自分の家へと到着し、玄関の前で慌てるように鍵を取り出す。
「くそっ…はやく…はやくっ!」
手が震えて、鍵穴になかなか鍵をさすことが出来ない。
後方に感じる視線は消えることがなく、時と共に近づいているように感じる。
「開けよっ! 早く開けって!」
完全にパニックに陥ってしまった将幸は鍵をその場に捨て、両手で開かない玄関のノブをガチャガチャと回し、足を使って蹴り始める。
それでも頑丈なドアは開くことがなく、激しく叩く音だけが響く。
「将幸? 何やってるの…こんな時間にっ…きゃぁ!」
玄関の不信な音に気がついて、母親がやってきた。
最初は警察を呼ぼうと思っていたが、その声が誰であるのか解ると、母親は慌てて玄関の鍵を開ける。
「はぁっ…はぁっ!」
玄関の鍵を開けた瞬間、将幸は勢い良く室内へと足を踏み入れる。
「なんなのよ…本当に…」
母親はその場に倒れ込んでしまうが、将幸はその姿には目もくれず、靴をはいたまま自分の部屋のある2階に向かって走り出していた。
「ちょ…将幸っ!!」
母親は怒りに満ちた声を出しても、将幸の走る足は止まらない。
「はぁっ…はぁっ…!」
自室の前へとやってくるとすぐにその室内へと入り、叩きつけるようにドアを閉める。
そして僅かに明るい窓際まで走り、破り切れてしまうのではないかと思うほどの力でカーテンを閉める。
「くっ…あっ…うわぁぁっ!」
もうこの部屋には自分以外はいないはず…カーテンも完全にかけ、外部の情報は一切入ってこれないはず…
「…くんな…くんじゃねぇっ!!」
それでも将幸は、視線を感じ続けていた。
真っ暗な室内に、将幸の大声が響く。
「くそっ…くそぉっ!」
将幸はベッドに飛び込み、掛け布団を頭から被って自分の身体を完全に隠す。
その中で身体を丸め、全身をガタガタと震わせる。
「はぁっ…はぁっ…」
自分しか感じることのない恐怖の視線を感じ、身体の震えも止めることが出来ず、将幸は眠ることの出来ない夜を過ごしていた。


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