+Love You+
五話/意思と本能


「……」
まだ太陽の明かりがまぶしい時間に、将幸は予定の時間よりも早く体育倉庫へとやってくる。
無機質なものでひしめき合っている空間は、外気温と比べて冷たく感じる。
「……」
将幸はふらつく足取りで、一歩一歩倉庫の奥へと歩いていく。
顔にはもう生気を全く感じることが出来ず、まさに死人が動いていると言わんばかりの表情をしていた。
「ここで、良い…よな」
倉庫の奥までやってくると、将幸は壁を背中にしてその場に倒れるように座り込み、顔を今まで自分が歩いてきた方に向ける。
僅かに差し込む明かりで見えるのは、倉庫のドアだけだった。
「……」
将幸は黙ったまま身体をぴくりとも動かさず、その目線は一点だけに集中していた。
あのドアが開く時、また悪夢が始まる…
本当は気が狂いそうな気持ちのはずなのに、将幸の精神状態は驚くほどに落ち着いている。
「…まだ、か…」
怖いと思う気持ちを持っているはずなのに、それが表出してこない。
それ以前に将幸は、今自身自分がどう思っているのかも解らなかった。
連日に体験した、今までにない錯乱状態…
そのこともあってか、将幸は自分自身を全くコントロールできなくなっていた。
「……」
何かを考えようとすると、身体がおかしくなる…頭の中がおかしくなる…
それを将幸は理解しているのか、もう何も考えようとはしなかった。
剛のことも、そして友紀哉のことも…
将幸は全てのことを頭の中から消し去り、生気がなく、呆けた表情で倉庫のドアを見つめ続ける。
今は少しでも、自分の気持ちを落ち着けていたかった。
少しの時間でも、やすらぎが欲しかったから…
「…静かって、良いよな…」
コンクリートを殴って血だらけの両手を地面に置き、静かな一時に将幸は喜びのような感情を抱く。
普段から騒ぐことの大好きな将幸にしてみれば、こんな静寂の空間など苦痛以外のものでしかない。
しかし今はこのやすらぎの空間が、いつまでも続いて欲しいと思っていた。
「……静か、だな…」
ただそのやすらぎが、自分にとって最後のものかも知れない…
そう思うだけの理由があるわけではないのに、ただなんとなく…将幸はそう感じていた。


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