+Love You+
五話/意思と本能
時間の感覚もなくなり、この場所にきてどのくらいの時が経ったのか全く解らない。
倉庫の中に入ってくる情報は窓から差し込む明かりだけで、その方向が少しずつずれていくだけだった。
「……チャイム?」
完全に静寂の空間で安らいでいると、耳に覚えのある機械音がかすかに聞こえてきた。
気のせいと感じるほどに小さな音を聞きながら、将幸はその場で大きくため息をつく。
「…授業、終わったんだろうな…もう、来るか…」
将幸はもうすぐ友紀哉が来ると思い、待ち構えようと重い腰を上げる。
しかしずっと座り続けていたこともあってか、痺れで足の感覚が全くといっていいほどになくなっていた。。
血だらけの両手を使って立ち上がろうとするも、地面に手を当てるだけで激しい痛みを伴い、上手く使うことができない。
「くそっ…」
結局将幸は足の痺れが取れるまで、体勢を崩して再び座り込む。
するとほぼ同時に、目の前の扉がゆっくりと開いていくのが解った。
暗い室内に、外界の明かりが少しずつ差し込んでくる。
「……」
将幸はその様子を驚くような素振も見せず、ただ黙って見つめていた。
「…よい、しょっと…やっと開いた」
扉が完全に開くと、男性のひ弱そうな声が聞こえてきた。
「…友紀哉…」
明かりが差し込んでも、それが誰であるのかは影になってしまい確認ができない。
しかし将幸にはその声を聞くだけで、目の前にいるのが誰なのかすぐに解った。
忘れられない…忘れられる訳のない声…
自分にとってこの上ない、憎悪と恐怖の元凶そのもの…
「えっ…あ、将幸君? もう来てくれてたんだね」
そんな将幸の思いなど知る由もなく、友紀哉は嬉しそうな声をあげる。
そして倉庫に一歩足を踏み入れると、再び外界との境目を閉じていく。
開けるときは随分と時間がかかったのに、閉めるのはとても早い。
「将幸君…すぐ、行くからね…」
「…っ! くそっ…」
友紀哉は倉庫を暗闇にすると、さっきまでの嬉しそうな声とは異なり、とても落ち着いた印象のする声を出してきた。
すると将幸は自分の意思とは関係なく、僅かながらも身体をビクつかせてしまう。
「すぐ、行くからね…」
同じ言葉を二度繰り返すと、友紀哉ゆっくりと自分の足を動かし始める。
沈黙の空間に、カツンカツンとコンクリートの床の上を歩く音が響く。
その音は嫌でも将幸の耳に入り込んでいき、時と共に大きくなっていき、自分のもとへと歩み寄っているのが解った。
「くっ…」
今までのように激しくはないものの、将幸の身体は小刻みにガタガタと震えだす。
「嬉しいな…僕」
どんどん自分の元へと近づく人の気配に、胸の鼓動も高鳴っていく。
抑えようとしても止まらない高鳴りを、将幸は必死に抑えようとしていた。
「ぅっ、あ…」
「将幸君…」
やがて足音は止まり、少しの間沈黙に包まれる。
座り込む自分の前には、僅かな明かりで人の影が見えた。
将幸はガタガタと全身を震わせながら、ゆっくりと顔を上げていく。
暗くてはっきりとは解らない。それでも将幸の瞳に映ったのは、嬉しそうに笑顔を見せる友紀哉の表情だった。
「ゆき、やっ…」
普通に見れば、ただの笑顔なのだろうと思う。
しかし今の将幸には、とても冷たく感じる最悪な表情でしかなかった。
「将幸君…」
身体がすくみあがってしまい、言葉を上手く出すことができない。
言いたいことや聞きたいことがあるのに、口が動いてくれない。
「うっ、ぁ…あう、あ…」
将幸が赤ん坊のような言葉を繰り返し発していると、友紀哉は小さく笑い、右手を将幸の頬へと持っていく。
「将幸君…可愛い…」
金属の扉を触ったばかりの友紀哉の手は冷たく、ひやりとした感触を与えてくる。
その冷たさに、将幸は一瞬だけ身体をビクつかせる。
「…ひっ、ぃ…」
「凄い…可愛い…」
そして次の瞬間、自分の唇に温かなものを感じた。
「んっ…んっむ…ぁ」
拒否ができなかった…口に力を入れることも出来ず、流されるまま今度はぬめりを持った液体が少しずつ口の中へと流れてくる。
「将幸君…んっ…」
時々触れ合う口を離して、将幸の名前を呼ぶ。
大量の唾液を絡めてする口づけは、離れると銀色をした糸のようなものが出来る。
「んっ…っふ…」
友紀哉はその糸を辿るように、再び将幸にキスをする。
最初は優しく触れる程度の口づけであったのに、回を重ねるごとに強引になっていく。
「将幸君って、口…凄い感じやすいんだね…」
「ちっ、が…んんんんっ!」
からかうような声が耳に入ると、将幸は慌てるようにそれを否定しようとする。
しかしその言葉を言おうとした時、今までになく強い力が唇に襲いかかってきた。
するとあっという間に将幸の口は開ききってしまい、友紀哉のことを受け入れてしまう。