+大好きなお兄ちゃんへ+


「はいっ! 圭太君」
放課後のホームルームが終わって帰る支度をしているところに、同じクラスの女子が圭太に向かってそう言いながら小さな箱を渡す。
桃色の包装紙に赤いリボンがついていて、非常に凝った感じのする箱だった。
「えっ…はいって、僕に?」
圭太は渡されるものに戸惑い、そう目の前の女子に言う。
「おっ、バレンタインチョコかよ? 凄い高そうなやつだなー」
すると既に帰る準備を済ませた同じクラスの友人である恵介が、からかうような声を出して近づいてくる。
「バレンタイン?」
しかし圭太は恵介の言うことが解らないのか、その場で頭を傾げてしまう。
「バカ恵介には関係ないでしょ。はい、圭太君」
「あ…う、うん。ありがとう…」
女子に押されるままに小さな箱を渡されて、圭太は否が応でもそれを手に取る。
そして圭太が小さくそう返事をすると、女子は嬉しそうに顔を赤らめながら教室を後にしていった。
「…あ、えと…」
「良いなー、圭太はもてて…」
圭太がその場で困惑していると、隣にいた恵介の声が聞こえてきた。
その声はとても羨ましそうで、まさに『自分も欲しい』といわんばかりに聞こえる。
「でも…僕今日が誕生日でも、なんでもない日のはずなんだけど…」
しかし圭太は今日が何の日なのか解っていないのか、不思議そうな顔をしながら恵介にそう口を開く。
「…あのな、俺のことからかってるのか?」
そんな圭太に、恵介は最初チョコレートを貰えない自分のことを馬鹿にされていると感じた。
そういう恵介の声は、どことなく怒っているようにも聞こえる。
「えぅ…僕そんな怒るようなこと言ったかな…」
恵介の声を敏感に感じ取り、圭太は申し訳なさそうに言う。
その表情を見る限りは、人のことをからかっているとは思えない。
「…本当に、今日が何の日か知らないのか?」
「うん。今日って2月14日でしょ? 僕の誕生日、まだずっと先だし…」
恵介は確認するように聞くと、圭太は迷うことなくそう返事をしてきた。
圭太の表情は真顔で、とても嘘を言っているとは考えにくい。
「はぁ…お前って本当に変わってるよな」
すると恵介は小さくため息をつき、呆れた表情をしながら言う。
「えっ? 今日って…何か特別な日なのかな?」
今までは単にプレゼントを渡した女子が、何か間違えて自分にプレゼントをくれたのだと思っていた。
しかし目の前にいる恵介の呆れた顔を見た時、今日が何か特別な日だと圭太は感じた。
「だからー、今日はバレンタインデー! 好きな奴にチョコレートをあげる日なんだよ」
圭太の質問に対して恵介はいつもより強い口調で、少しばかり面倒臭そうに言う。
「バレンタインデー? んと…それで、なんで好きな人にチョコレートあげるの?」
恵介の言葉に今日が特別な日であるのかを理解することは出来たが、その後に言ってきた言葉に対して圭太は疑問を持った。
「えっ…なんでって、言われても…うーんと…」
圭太の疑問に、恵介は言葉を詰まらせてしまう。
その場で頭を抱え込んで考えるものの、圭太の疑問に答えられる解答は思い浮かばない。
「なんで?」
「なっ、なんでもなにもないんだよ! バレンタインは、好きな奴にチョコレートを渡す日なんだよ!」
圭太が再び不思議そうな顔をしながら聞くと、恵介は少しムキになりながら言ってくる。
昔から『バレンタインは好きな人にチョコレートをあげる』ということが当たり前だと思っている恵介にしてみれば、圭太の質問に答えられるはずがなかった。
「そ、そうなんだ…へぇ…」
恵介の声に驚いてしまい、圭太は疑問を持ちながらも、これ以上聞いてはいけないと思ってそう返事をする。
「と、とにかく…今日はそういう日なんだよ」
再び質問されなかったことに安堵しながら、恵介はそう言う。
「好きな人に、チョコレートをあげる日なんだ…」
圭太は疑問を持ちながらも、先程女子に渡された箱を見ながら恵介の言った言葉を口にする。
「…えっと…やべっ、急がないとクラブに遅れちまう!」
少しばかりの沈黙に、恵介は圭太にまた何かを聞かれると思い、適当に思いついた理由を言うと、逃げるように教室を後にしてしまった。
「あ、気をつけてねー」
既に声の聞こえない所まで行ってしまった恵介にそう言いながら、圭太は再び箱に目を向ける。
「好きな人に、チョコレート…」
小さな声でそう言いながら、圭太は頭の中で好きな人のことを思い浮かべる。
「お兄ちゃんは、チョコレートとか喜んでくれるかな…」
自分の胸にいつでもいてくれる人物のことを考えながら、圭太もまた教室を後にした。


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