+大好きなお兄ちゃんへ+
「えっと…うーんと…」
圭太は学校の帰り道に、家の近くにある小さな御菓子の店に来ていた。
甘いものが大好きな圭太は、この店に来ることも少なくない。
当然健と一緒の時にしか入ったことがなく、一人で来るのは初めてのことだった。
「うーん…どれも高いなぁ…」
店のディスプレイに展示されている沢山のお菓子に目を向けながら、圭太はそう口にする。
いつもは健がお金を払ってくれているせいか、商品の価格については今まで全く知らなかった。
圭太は今まで勝手な価格設定をしていたけれど、目の前に映る価格はどれもそれを上回っている。
「圭太君、どうしたの? 何か探してるの?」
お菓子を目の前にしながら考え込んでいると、ディスプレイの後ろから圭太のことを呼ぶ声が聞こえてきた。
「あ、おばさんこんにちはです」
圭太がその声に気がつくと、小さく頭を下げながら挨拶をする。
もう常連のようにやってきていることもあってか、圭太のことを知っている店員も少なくない。
今ディスプレイの後ろにいる少し年をとった女性も、そんな一人だった。
「はい、こんにちは。でも本当にどうしたの? 一人で来るのも珍しいし…」
「あ、えと…今日バレンタインデー…って言う日なんだよね?」
圭太は店員に向かって、先程恵介に言われたことを確認するように言う。
「そうだねぇ」
「それで僕、お兄ちゃんにチョコレートをあげようと思って…」
店員の声に間違っていなかったと安心しながら、今度はこの場所へとやってきた理由を口にする。
「へぇー…圭太君は優しいねぇ。私のバカ息子にもその優しさ分けて欲しいくらいだよ」
「そ、そうかな…えへへ」
圭太の言葉に、店員は小さく微笑みながら言ってきた。
そんな店員の声に、圭太は恥ずかしそうに照れ笑いをする。
「でも凄い悩んでたみたいだけど…」
子供らしい仕草に愛らしさを感じつつ、店員はさっきまでの圭太の様子を見て思ったことを口にする。
「あっ…う、うん…どれも高くて…」
すると圭太は照れ笑いを止め、逆に落ち込むような声を出す。
別にお金を持っていない訳じゃないし、買おうと思えば買うことは出来る。
けれど『プレゼント』として渡すのであれば、どうしても自分のお小遣いの範囲で買いたかった。
自分の為のお金を使って、健へプレゼントしたいと思った。
「うーん…そうだねぇ…圭太君のお小遣いだと、うちのお菓子は少し高いかもねぇ…」
「…うん。どうしよう…」
圭太はそう言うと、物欲しげな表情をしながら、再び沢山のお菓子の置かれているディスプレイに目を向ける。
その横には別のお客さんがいて、自分が欲しいと思うお菓子を買っていく。
その姿に羨ましさを感じながら、圭太はディスプレイのお菓子を見つめていた。
「圭太君…お金はどれくらい持ってるの?」
暫くすると店員は、見るに見かねて圭太にそう質問する。
「あ、えっと…140円、かな…」
ポケットに入れた自分専用の小さな財布を開き、中身を確認しながら言う。
「140円ね…ちょっと待っててね」
「う、うん…」
そう言うと店員は店の奥へと向かい、少しすると何かを持ってやってくる。
「圭太君は優しいから、特別だよ」
店員はそう笑いながら言うと、ディスプレイに飾られているチョコレートケーキよりも、僅かに小さなサイズのケーキを取り出してくれた。
「えっ…おばさん、良いの?」
「うんっ! そのお金で良いよ」
圭太が確認するように聞くと、店員は元気に返事を返してきた。
「あっ、ありがとう!」
その返事に、圭太もまた店内に響くほどの元気な声で、嬉しそうに返事をする。
「ちょっと待っててね…今包んであげるから」
そう言うと店員は下の方から小さな箱とキレイな包装紙を取り出し、慣れた手つきでケーキを包み込んでくれる。
「わぁ…おばさんありがとうっ!」
圭太の手に渡った箱はとても美しくラッピングされ、赤い色をしたリボンもしっかりとついていた。
「良いのよ、それくらい。いつもお世話になってるからね」
本当に嬉しそうにする圭太の表情に、店員の顔も無意識に笑顔になる。
「本当にありがとう! それじゃまたねっ!」
そして圭太は持っていたお金を店員に渡すと、再び感謝の気持ちを口にしながら店を後にした。