+抱いて欲しい+


「あ…裕明…さん…あの」
龍平は裕明と二人きりの部屋の中で、頬を僅かに赤らめ、恥ずかしそうな声を出す。
その瞳も延々と泳いでいるようで、視点は一向に止まろうとはしない。
「だからー…龍平は俺にどうして欲しいんだよ?」
言葉だけを聞けば、面倒くさがっているとしか思えない。
だがその表情は明らかなまでににやけており、楽しんでいることが目に見えて解る。
「だからっ…その…」
しかし自分の視点すら合わせられなくなっている龍平には、そんな裕明の表情を確認することが出来ない。
嫌味のようにも感じる声だけを耳にした龍平は、あからさまに焦りにも似た声を出し始めた。
「…どうして欲しいんだ? 龍平は…」
「あっ…その」
なおも嫌味に言い続ける裕明に対して、龍平はだんだんと顔を下に落としていく。
口数も少なくなってゆき、ついには完全に無口になってしまった。
「…龍平? あっ…」
「……っ」
うつむいてしまった表情は陰になってしまいとても暗く、しっかりと確認することは出来ない。
しかし裕明の目には、龍平の目にキラキラと光るものが見えたような気がした。
こぼれてはいないものの、その瞳には間違いなく、涙を溜め込んでいるようだった。
それでも龍平は涙を流さないようにと必死にこらえようとするが、こらえることの出来ない涙は、身体の震えとして現れ出す。
『あぁっ…龍平…っ!』
そんな龍平の姿を見た瞬間、裕明の胸が一気に高鳴っていく。
泣かせるつもりなど微塵もなかったが、その姿は素直に可愛いと感じてしまい、その思いが胸にハートの弓矢が刺さったかのようになってしまう。
過度の緊張にも似たものが全身を駆け巡り、少しでも気を抜けば襲ってしまいかねないほどだった。
『だぁぁぁぁ…いかんっ! ダメだダメだっ!!』
裕明は心の中で顔を振り、自分の理性を取り戻そうと必死になる。
そして緊張でガチガチになった身体をぎこちなく動かし、龍平の横へと歩き出す。
「あー、その…龍平……ごごご、ごめんな」
龍平との距離を縮める度に胸のドキドキは大きくなり、その横に来た時には、裕明の頭は真っ白になり、何を言って良いのかも解らなくなっていた。
ただ龍平を泣かせる寸前まで追い込んだのが自分と言うことは理解できたのか、一言だけ謝りの言葉を口にする。
しかし過度の緊張のせいで、その言葉はとてもたどたどしい。
「あ…裕明さん…」
声が聞こえて、初めて裕明が自分の横に来ていることが解ったのか、龍平はゆっくりと下にさげた顔を上げていく。
頬は先ほど以上に赤らんでいるものの、その瞳は先ほどのように泳いではおらず、一点だけを集中するように見ていた。
『あぁぁ…がわいい〜…』
再び頭の中で天にも昇ってしまいそうな気分になろうとした瞬間、意を決したのか隣にいる龍平は、裕明の身体に抱きついてきた。
その力は決して強いとはいえないが、何故だかきつく抱きしめられているように感じる。
「えっ…ちょっ…」
裕明は突然のことに何が起こったのか解らないでいると、龍平は大きな声を出してきた。
「…裕明さんっ…俺のこと、抱いてくださいっ!」
「えっ…龍平…」
「……」
龍平はそれ以上は何も口にすることはなく、ただ裕明を抱く腕の力を強くしていく。
恥ずかしさもあるのか、顔を抱きしめる裕明の胸元に埋め、出来るだけ見えないように隠しているようだった。
裕明はそんな龍平のことを抱き返そうとはせず、呆然と立ち尽くすようになっていた。
それは余りにもの嬉しさに、頭の中が完全にパニックになっていたからだった。


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